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「キツネの家畜化実験」で選択的に交配することで犬のように変化したキツネ

ジオちゃん

みなさんはキツネが家畜化されていることはご存じですか?

驚くべきことに、家畜化されたキツネは人に良く慣れ、毛色に変化が現れはじめ、イヌのように芸をするものも見られます。そこで今回は遺伝子の研究でキツネの家畜化を試みた実験について解説していきます。

キツネは古代家畜化されていた

古代ヨーロッパでは一度、キツネが家畜化されていたことがわかっています。紀元前3,000年から紀元前2,000年にかけて、ヨーロッパのイベリア半島北東部では、人間と動物を一緒に埋葬するという習慣がありました。ある遺跡では犬や牛などの家畜が埋められていたのですが、その中にキツネも含まれていたのです。このキツネの骨コラーゲンに含まれる安定炭素と窒素同位体を調べてみると、この辺りに住んでた人間と同じようなものを食べていたことがわかりました。さらに、あるキツネには治癒しつつあった骨折の跡が見つかっており、人間によって固定され、治療を受けていたと思われます。これらのことからキツネは家畜化され、人間と一緒に暮らしていたと考えられています。しかし、その後、家畜化されたキツネは完全に滅んでしまっています。そもそもキツネが何のために家畜化されていたのかがはっきりとわかっていません。

ジオちゃん

成長してから毛皮をとるためとか、ネズミなどの害獣を狩るために飼われていたけど、ネコの家畜化が始まったために、その役目をネコに奪われたなどが考えられています。

理由はどうであれ、キツネの家畜化が再開されるのは、それから何千年もの後になります。

信念を貫き通した遺伝学者ドミトリ・ベリャーエフ

1950年代にロシアで遺伝子に関する実験としてキツネの家畜化が始まりました。そこで、次にこの実験を始めるに至った経緯について話していきたいと思います。この実験を始めたのは遺伝子学者のドミトリ・ベリャーエフという人で、1917年、ロシアのコストロマ州で生まれました。

彼はメンデル遺伝説を支持していた遺伝学者の兄の影響を強く受けて育ちました。しかし、当時のソ連では、ダーウィニズムやメンデルの遺伝学を信じる学者たちは、最高指導者となったスターリンよって迫害されており、厳しい粛清が行われえていました。これとは逆に、メンデル遺伝学を否定し、独自の遺伝学を提唱した生物学者のトロフィム・ルイセンコはスターリンに支持され、多くのメンデル遺伝学者たちが、研究者としてのポストを奪われ、逮捕、追放されました。ドミトリ・ベリャーエフの兄も例外ではなく、投獄されたのちに亡くなってしまいました。そのような状況にもかかわらず、ベリャーエフは兄の遺志を継ぎ、自分の研究を貫ぬいたのでした。

家畜化で最も重要なのは「おとなしさの選択的繁殖」

イヌのような家畜化された動物が人間に対して友好性を示すのは、その行動を支配する遺伝子のためです。そして、オオカミが犬になる過程は本質的には進化したと言えます。そこで、ベリャーエフは野生動物の家畜化で最も重要な因子は、おとなしさの選択的繁殖であるという仮説をたてました。つまり、家畜化された動物にみられる身体的、行動的特徴は彼らが人間に対して従順になった結果現れるものだと考えたのでした。

彼はソ連の監視から逃れるため、キツネの毛皮の改良を装って、秘密裡にキツネの家畜化の実験を開始しました。この実験に使われたのはギンギツネと呼ばれる北半球に広く分布しているアカギツネの黒色化型で、体毛は黒地に白銀色の差し毛となっています。ギンギツネの毛皮は特に美しいことから高級品とされていました。

ジオちゃん

当時、毛皮産業の需要が高かったため、このカモフラージュ作戦はうまくいきました!

1958年には同じ遺伝学者であるリュドミラ・トゥルートと出会い、翌1959年、ベリャーエフは彼女と一緒にキツネの選択交配を開始しました。

キツネの家畜化実験

交配させる個体を選ぶ基準は非常にシンプルです。彼らはエストニアの養殖場で飼育されている数千頭のギンギツネの中から、人を恐れず、噛みつかない個体をオス30頭、メス100頭、連れてきて何世代も選択交配させました。

2世代目から5世代目にかけてすぐに行動の変化が始まりました。尻尾を振り、人に懐くものが現れたのです。さらに、8世代から10世代になると、家畜が持つ特徴を持つ個体が現れだしました。彼の仮説の通り、人間に慣れ、従順になった個体群は、多様な毛色、垂れた耳、巻いた尾など、家畜が持つ特徴を持ち始めたのです。

当時、なぜ犬の毛皮色がオオカミと違うのかという疑問がありましたが、ドミトリはこのキツネの研究とかかわりがあることに気づきました。彼らは生化学的な測定をし、選択交配したキツネのアドレナリンの水準が、野生のキツネにくらべて大幅に低いことを発見しました。これによって、飼いならされたキツネのふるまいだけでなく、毛皮の色も説明できることがわかったのです。野生動物ではアドレナリンの高い濃度のため遺伝的変異が現れないが、アドレナリンがメラニン色素の生産を変えるため、ホルモンレベルの低下した飼いならされたキツネに毛色の変化が起こるとわかったのです。

選択交配したキツネたちは心理的な違いも見せ始めました。家畜化された子供のキツネは野生のキツネより2日ほど早く音に反応し、1日早く目が開き、恐れを覚えるのが9日遅くなりました。これは社会化期が長くなったことを意味します。社会化期とはイヌやネコが人や他の動物に慣れるのに適した期間で、この期間を超えると新しいものを受け入れなくなります。

ジオちゃん

オオカミはこの社会化期がイヌより短いことが知られています。

15世代から20世代にかけて、さらに新しい特徴が見られました。短い尾や短い脚の個体が現れだしたのです。2019年には50世代を越え、犬のように芸をする者もあらわれました。

まとめ

ただ、人を恐れず、噛みつかない個体のみを選択交配させるだけで、毛並みなどの外見的特徴や芸などを覚える認知機能が変化するのは驚きですね。このことを直感的に理解し、仮説を立て、そして粛清に臆することなく実験を行ったドミトリベリャーエフは本当に優れた人物だったことがうかがい知ることができます。1985年に彼は亡くなっていますが、実験はリュドミラ・トゥルートに引き継ぎがれ、今も続いています。

ジオちゃん

今後、一般家庭でキツネがペットとして飼われる日がきたりするのでしょうか?

参考:ドミトリ・ベリャーエフ – Wikipedia