生物

シャチはなぜ人を襲わないのか?

シャチは、サメを含む魚類全般や、自分の倍以上の大きさのあるクジラの中でも最大のシロナガスクジラを群れで襲って食べたりもします。このように海の生態系の頂点に君臨するシャチですが、人間を襲うことはほとんどないと言われています。それではなでぜ人間は襲われにくいのでしょうか。そこで今回はシャチが人を襲わない理由とともに、数少ない人間を襲った事件についても紹介したいと思います。

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人間を餌として認識していない

まず、シャチが人を襲わない理由のひとつとして人間を餌として認識していないことがあげられます。これまでにシャチが意図的に人を食い殺したというはっきりした事例は知られておらず、シャチが人を食べるために襲うことはまずないと言われています。 

シャチは母親から教えられた食べ物しか食べません。彼らの群れは多くの場合、母親を中心とした血の繋がった家族のみで構成され、非常に社会的な生活を営み、コミュニケーション能力の高い動物です。そして彼らは、幼いころに親から食べものについての教育がされます。母親が確実に安全だとわかる食べ物しか子供に与えないのです。シャチは、この教育の影響で、母親から教わったもの以外は一切口にしません。大海で安全だと認識できる食糧として人間は存在していないので、人は食べないという訳です。 

人間はシャチにとっておいしくない

また、シャチが人を襲わないほかの理由として、人間は彼らにとっておいしくないと考えられていることがあげられます。シャチは群れによって食べるものは違いますが、小さいものでは魚、イカ、海鳥、ペンギン、また、比較的大きなものではオタリア、アザラシ、イルカ、ホッキョクグマ、時にはクジラやサメなどを捕食します。 

しかし、人間は全体的に小さく、可食部が少ない、おいしくない生き物だと考えられます。このように、おいしく見えない人間はシャチたちにとっては食べものではないと判断されているのかもしれません。 

シャチは偏食家

また、彼らは極端な偏食家でもあります。先ほど述べたように、シャチの餌は多岐にわたりますが、魚を食べるのか、哺乳類を食べるのかといった食性は、群れによって大きく異なります。そのため、シャチは非常に好き嫌いの多い動物であると言えます。ある群れはキングサーモンだけしか食べません。また、ホホジロザメの肝臓だけを食べたり、クジラの舌だけを食べたりすることも知られています。 

最後に、シャチは賢い動物なので、人間が恐ろしい生物だということを理解している可能性があげられます。彼らは報復をおそれて人を襲わないのではないかと考えられているのです。 

シャチが集団で船を襲撃している

ただし、近年、一部の群れが集団で船を襲っているというケースが報告されています。最初の攻撃は2020年5月にジブラルタル海峡で起きました。以来、数十件の事例が報告されていますが、その内容は似通っています。9頭のシャチが二つのグループに分かれ、小型のヨットの舵を攻撃し、泳ぎ去るというものです。この攻撃により、沈没してしまった船もあります。 

9頭の中に大人のメスがおり、この個体がかつて船との事故に巻き込まれた経験から報復行動を起こし、若いシャチたちは彼女の行動をまねているのだろうと、研究者は推測しています。シャチが決まって攻撃するのは舵でヨットばかりであることから、メスあるいはその子どもが船のスクリューや舵でケガをしたことがあるのではないかと考えたのです。

しかし、この考えに対して疑問を持つ人たちもいます。それはシャチの関心が船そのものだけに向けられており、乗っている人には無関心だったためです。船が沈み始め、乗員が救命ボートに乗り移っても、シャチはまったく興味を示していませんでした。 このことから、シャチはただ遊んでいるだけではないかとされています。 

シャチによる人の殺害

飼育されている個体も、トレーナーは餌をくれる存在と認識しており、襲うことはまずありません。 ですが、飼育された個体が人を殺害したとういケースが過去に4件だけ存在します。そして、そのうちの3件が1頭のシャチ、ティリクムによって起こされた事件でした。 

ティリクムはアメリカ合衆国フロリダ州オーランドにある「シーワールド」で飼育されていた雄のシャチです。それ以前はブリティッシュ・コロンビア州サウス・オーク・ベイにある「太平洋シーランド」で飼育されていました。 

ティリクムの体長は6.9m、体重は5,400kg以上もありました。ティリクムは人間に飼育されているシャチの中では最大級になります。 

最初の死亡事故は、1991年の2月20日におきました。21歳の海洋生物学を専攻する学生 Keltie Byrneが足を滑らせてティリクムとほか二頭がいるプールに落ちました。彼女は競泳の選手でもあり、当時はシーランドで調教師のアルバイト中でした。3頭のシャチは彼女を引っ張ってプールをぐるぐる回り、浮上を妨げて彼女を水中に沈めたのでした。彼女は一度、岸にたどり着けたものの、岸に上がろうとしたときに、3頭のシャチが、恐怖の面持ちで岸側からプールを取り巻いて彼女を見守っていた観客の目の前で、彼女を再びプールに引きずり込みました。他の調教師たちは彼女の悲鳴に反応して、彼女に浮き輪を投げました。しかし、シャチたちは彼女を浮き輪から遠ざけ続けたのでした。結果彼女は溺死してしまったのです。プールから遺体を引き上げるのには数時間を要しました。 

ティリクムは1992年1月9日にフロリダ州オーランドのシーワールドへ移送されました。太平洋シーランドはその後間もなく閉業となっています。 

第2の死亡事故は1999年7月7日おこりました。Daniel P. Dukesという27歳の男性がティリクムの背中の上で亡くなった状態で発見されています。彼は前日にシーワールドを訪れ、閉園後も園内に留まり、セキュリティをくぐってシャチの水槽に入りました。彼には多くの外傷があり、ティリクムに攻撃され、最終的に溺死させられたと考えられています。 

第3の死亡事故は2010年2月24日に起きました。ティリクムは40歳のベテラン調教師、ドーン・ブランショの死亡事故に関与しました。ブランショは、シャチの曲芸ショーが終わった後、事故に巻き込まれました。ショー後のルーチンとしてブランショがティリクムをなでていたとき、ティリクムは彼女の左腕あるいは髪の毛をつかんで水中に引きずり込んだのでし。十数人の常連客がティリクムと一緒に水中にいるブランショを目撃し、職員はティリクムの気をそらそうと網を使ったり餌をティリクムに向かって投げたりして、彼を落ち着かせようとしましたが、彼らの努力もむなしくブランショは帰らぬ人となってしまいました。

ティリクムが人を襲った理由

ティリクムが人間を攻撃した理由については専門家によって意見が異なりますが、考えられる理由として、ストレス、退屈、欲求不満、攻撃性、または防衛のためなどが考えられています。 

ある研究者はティリクムが人間が他者を攻撃するのとはぼ同じ理由でティリクムが人間ん襲い掛かったと推測しています。彼はシャチは非常によく訓練されていますが、脅威を感じたときや、機嫌が悪くなった時は攻撃性を示すことがあるといいます。シャチは社会性が高い動物であるため、群れのメンバーとの関係が悪くなると、欲求不満となり、人間を襲うことがあるのです。 

結局はティリクムが何を考えていたかは彼自身に聞くしかありません。シャチが人を襲うことがほぼないとはいえ、大型の獣を飼うということは、このようなリスクが常に伴うということになるのです。