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人類は自らを家畜化することで地球上で最も優しく最も残酷な種となった

ボノボは進化の過程でメスがおとなしい性格のオスを配偶相手に選んだため自己家畜化し、脳が小さくなる、性差があまりなくなる、幼形成熟するなどの家畜動物が持つ特徴を持つようになりました。そしてヒトもまた自己家畜化した動物です。しかし、人間の社会では現在でも戦争や殺人が絶えません。ヒトは非常に寛容で他人に対して親切にできる生き物である一方で、非常に残酷な生き物でもあります。人類は自己家畜化をしておとなしくなったはずなのに、これはいったいどういうことでしょうか。そこで今回は、地球上で最も優しくて、最も残酷な生き物、人間の自己家畜化について解説していきます。

家畜化とは

まず、自己家畜化について説明する前に、家畜化についてみなさんと共通の認識をもっておく必要があります。家畜化とは、おとなしさの選択交配をすることによって、野生動物に小型化や、毛色の変化、性的二型が大きい、つまり性別によって個体の色や形が異なる場合は性差が少なくなるなど、家畜動物が持つ特徴が現れることを言います。そして、このような変化を家畜化症候群ともいいます。家畜化症候群は攻撃性、恐れ、ストレス反応の減少にともない、脳のサイズの減少、顔が短くなる、ブチ模様が現れるなどの身体的変化が現れます。 

シベリアの家畜化実験では、ただ従順な性格のキツネを何世代もかけて選択的に交配するだけで垂れた耳、短い脚、巻いた尾などを持ったキツネをつくることに成功しています。

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ジオちゃん

おとなしい個体を掛け合わせるだけで、身体的特徴が変化するなんてすごい!

また、家畜化と飼いならしは違います。人為的に野生動物を12世代にわたって交配させ、それまでに野生の原種と遺伝的に異なっているものを家畜動物と言います。一方、飼いならされた動物は選択交配が行われていないため遺伝子が野生種と同じになります。そのため、どんなにたくさんの芸を覚え、人を乗せることを許したアジアゾウでも、遺伝子的には野生種と同じなので家畜動物と呼ぶことはできません。家畜化はまた生物学的に進化したともいえます。 

自己家畜化とは

これに対し自己家畜化は人間の関与なしに、直結する祖先と比べて攻撃的な性質が低下した進化のことをいいます。この進化により、前述したような小型化、性的二型の差が少なくなるなどの家畜動物が持つ特徴が現れます。チンパンジーと人類の共通の祖先から進化したボノボは、攻撃的な性質を持った個体が排除されたため、非常に攻撃性が低下し、自己家畜化したと考えれられています。 

ボノボの自己家畜化

ボノボとチンパンジーは非常に近しい種で、両種ともアフリカの森林に生息し、同じような見た目をしています。しかし、チンパンジーの方がより攻撃的で、オスがメスを力で支配しています。チンパンジーの世界では100%のオスがメスに攻撃をします。そして、この逆にチンパンジーのメスがオスに攻撃することはありません。 

一方、ボノボは乱暴なオスがいてもメスが集団でそのオスに制裁を加えます。こうしてオスがメスを支配できなくなったので、ボノボのメスは選り好みできるようになり、おとなしいオスを配偶相手に選ぶようになりました。

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こうして、ボノボはチンパンジーより犬歯が短くなり、オスとメスの性差が小さくなりました。また、頭蓋骨も小さくなっています。このように他のヒト科の動物と比べるとボノボには進化的に新しいものが見られ、よってチンパンジーの方が祖先に近いと言えます。自己家畜化したボノボとチンパンジーの関係は、家畜化したイヌとオオカミの関係に似ています。 

また、ボノボには家畜動物が持つような幼児的な振る舞いも見られます。ボノボは飼育下でも野生下でも、成熟してから母親と過ごす時間がチンパンジーより長くなります。さらに、大人になってもお互いに寛容で、よく遊びます。 

ジオちゃん

チンパンジーに比べるとボノボは平和的ですね。

ボノボ以外の野生動物の自己家畜化

ボノボ以外の野生動物でも自己家畜化は見られます。野生動物はより小さなグループにいると、メスを巡って争うオスの攻撃性は低下する傾向にあります。島に生息するげっ歯類や、鳥、トカゲ類は大陸に生息する同種よりも攻撃性が低いと報告されています。 

アフリカ・タンザニアの東海岸に浮かぶザンジバル島に住むアカコロブスは、大陸に住むアカコロブスと違い、幼児のころの模様が大人になっても消えません。ザンジバル島のアカコロブスは家畜化症候群に現れる幼形成熟の特徴が出ていると言えます。 

性善説?性悪説?

ここから人間の話に戻ります。これまでよく性善説、性悪説のどちらが正しいのかが議論されてきました。人間は生まれながらに善良なのでしょうか。それとも、社会による統制が必要なため、やはり人間は生まれながらに悪なのでしょうか。この考えは両方とも正しいと言えます。

アドルフ・ヒトラーは800万人もの人を処刑しましたが、その一方で普段は、愛想がよく、気さくな人間だったと言われています。彼はまた動物を愛し、愛犬を可愛がりました。このように、多くの独裁者には、何万人もの命を奪ったにもかかわらず、普段は温厚で家族やペットには優しかったという逸話があります。また、天使のような笑顔で母親に優しく接する幼児が、残酷に虫を殺したりもします。このように人間の内面には善と悪の両方があるように思えます。 

反応的攻撃性と能動的攻撃性

人間の社会には多くの暴力が潜んでいますが、人間の攻撃性は大きくふたつに分けることができます。まず、ひとつ目は反応的攻撃性です。ここでの反応とは脅威に対する反応のことです。これは相手に脅かされるなどしたときに、カッとなって暴力をふるうようなタイプの攻撃性のことを言います。一方、もうひとつは能動的攻撃性です。これは積極的で、冷徹、計画的な攻撃性のことを指します。

反応的攻撃性は野生で生きていく上では重要です。野生下では常に警戒している必要があります。この反応的攻撃性が高いと肉食動物に襲われたとしても、瞬時に反応することができるのです。その逆に能動的攻撃性が高くても野生下では役に立ちません。野生動物に襲われてから計画的に判断しても、すぐに食べられてしまうからです。しかし、現代の人間社会ではすぐカッとなる上司は嫌われますし、反対に計画的に判断できる人が好まれますね。 

常に気を張っていなくてもよくなった家畜は脳が小さくなりました。イヌは家畜化の過程でオオカミより20%程度脳の容積が縮小しています。同様にネコは30%、養殖のマスでさえ脳が20%縮小しています。このように家畜化により脳が小さなるのは反応的攻撃性が減少したためです。 

ジオちゃん

攻撃性には二種類あったんだ!!

能動的攻撃性による反応的攻撃性の排除

人類は進化の過程で言葉を話すことができるようになったため、あるコミュニティに乱暴者がいると、この男に関して大勢で議論し、共謀して計画的に制裁を加えることができるようになりました。ように攻撃的な男は極刑、つまり死刑の対象となります。この行為は社会をコントロールする上での重要な構造となりました。つまり、人類は能動的攻撃性を持って、反応的攻撃性を排除してきたのです。そして、これを繰り返すことで家畜動物を選択的に交配させるように、人類は進化してきました。こうして、人類は脳が小さく、顔が短くなり、性差があまりなくなり、幼形成熟が見られるようになり、家畜動物が持つ特徴が現れるようになりました。 

まとめ

これまで見てきたように、能動的攻撃性で反応的攻撃性を排除することによって人間は自己家畜化しました。そのため、人間の性質に能動的攻撃性は多く残りました。これが戦争や殺人がなくならない理由です。この終わりのない人間の争いに終止符を打つことはできるのでしょうか。

参考

ドミトリ・ベリャーエフ – Wikipedia

自己家畜化 – Wikipedia